日常生活や旅行、仕事などシーンを問わず利用するデジタル地図は、今では無くてはならない存在である。地図がオンライン化したことで、常に持ち歩けるようになり、行動範囲は爆発的に広がった。
旅好きの方であれば、「次はどこへ行こうか?」、「どんなルートで行くか?」、「ここには何があるのか?」などと、地図を眺めながら妄想するのが何よりも楽しかったりするのではないだろうか。
普段便利に使わせてもらっているデジタル地図だが、「どうやって作っているのか?」と疑問に思う方は少ないかもしれない。

僕がYindeedを起業する前は、バンコクでフリーペーパーを発行する編集プロダクションに勤めていたのだが、そこでは毎年バンコクの地図をベースにした旅行ガイドブックを制作していた。
この地図制作が大変な作業だった。掲載する地図の範囲は全て実際に足を運び、地図との整合性を調査しなければならない。
正確な地図を作るということはもちろん、「ここにしか載っていないバンコクの最新情報を地図に盛り込みたい」という情熱がなければできない仕事だった。

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デジタル地図はどのように作られ、更新されているのか?

年に一度の地図制作でも大変な作業だったが、スマホの地図アプリやカーナビに利用するデジタル地図は常に情報をアップデートしていかなければならない。

「デジタル地図はどのように作られ、更新されているのだろうか?」

それは地図好きの僕にとって、ずっと疑問に感じていたことだった。そして、そんな疑問を解決するチャンスが訪れた。

2月に以下2つのバンコク街歩きの記事で、地図情報を提供していただいたインクリメントP社の地図制作現場を見せてもらえることになったのだ。

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この記事の目次


日本のデジタル地図ビジネスの先駆け インクリメントP

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http://www.incrementp.co.jp/

1994年にパイオニア株式会社の全額出資により設立されたインクリメントP社は、日本におけるデジタル地図ビジネスの先駆けと言える存在だ。
主力事業であるカーナビへの地図データ提供では、ホンダやマツダの純正カーナビを始め、パイオニア(カロッツェリア)、JVCケンウッド、富士通テン(ECLIPSE)など、主要メーカーに採用されているメジャーな会社。
個人向けにはオフラインでの使用にも対応したスマホ向け地図・ナビアプリ「MapFan」が有名だ。あなたのスマホにもインストールされているのではないだろうか。

世界初! ASEAN10カ国を網羅する詳細な地図データの作成

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INCREMENT P ASIA社 西沢利光 社長

目まぐるしく発展を遂げるASEAN諸国では、日々新たな道路や建物が建設されている。ローカルの地図会社が制作する既存のデジタル地図では、地図データの鮮度と精度という面で、日系企業の求めるレベルには達していない。ASEANには日本クオリティの詳細地図は存在していなかったのだ。

日本で培った詳細な地図データ整備のノウハウが、ASEANでも活かせるはず。

2015年1月、インクリメントPはASEAN10カ国を網羅する詳細な地図データの整備を目的に、タイの地図デジタル地図会社であるMappointAsia社との合弁で、「INCREMENT P ASIA(以下、IPA)」をバンコクに設立。

そしていよいよ今年、世界初となるASEAN諸国の地図データベース「MapFan ASEAN地図DB」の提供を開始する。
MapFan ASEAN地図DBの詳細については、以下の記事をご確認いただきたい。

関連記事:ASEANでもMapFan!カーナビから防災システムまで幅広くカバー

インクリメントP MapFan ASEAN地図DBの強み

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  • ① 都市部の詳細地図(家形入り)
    家形(フットプリント)・道路名など日本の都市部と同等の情報量
  • ② 質の高い道路ネットワークデータ
    現地での走行調査により、信号機や道路標識など交通規制情報をデータ化、カーナビゲーションや配送ルートシミュレーションに最適
  • ③ 種類豊富な住所データ・スポットデータ
    日本での整備ノウハウをいかし独自で調査、最新の住所やスポットデータを提供
    出店計画や顧客データを地図上に可視化して活用可能

提供国:タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシア・ベトナム・フィリピン・ブルネイ(カンボジア・ラオス・ミャンマーは現在整備中)

3つの強みをさらっとご紹介したが、この強みを生み出すために驚くべき緻密な工程を経ているのだ。

今回、IPAの西沢社長に話を伺いながら、ASEANデジタル地図制作の現場を取材した。

ASEANデジタル地図の制作現場

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IPAオフィス

IPAのオフィスはBTSプロンポン駅直結の「Bhiraj Tower」の22階。60名体制で制作にあたっている。

デジタル地図の制作は、以下4つの工程に分かれている。

  • ①調査・情報収集(現地走行調査、衛星写真収集など)
  • ②地図制作(詳細地図、POI、住所、電話番号、イラストなど)
  • ③開発(ナビ向け、情報システム及びサービス、GIS地図等)
  • ④サービス提供

IPAが①調査・情報収集と②地図制作を担当し、③開発と④サービス提供は日本(インクリメントP)で行っている。

increment p60名体制で制作に当たる

今回は、①調査・情報収集と②地図制作の工程をご紹介したい。

まずは“走行調査”の工程を見てみよう。

2016年にはバンコクの全ての道路を走破!

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走行調査とは、カメラを搭載した車にドライバーと助手の2名が乗り込み、実際に道路を走行して道路関連情報の調査を行う作業である。

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調査車両

走行中に5m間隔で写真を撮影し、道路標識や看板、一方通行などの交通規制、商業施設などの情報を集めていく。

走行調査は一般車両が通れる道路であればどこでも走る。未舗装の悪路であろうが、行き止まりであろうが、全て走るのだ。

increment p走行調査では渋滞も悩みの種チェンマイやプーケットといった遠方への走行調査は2〜3週間の泊まりがけになり、スタッフの負担も少なくない。だが全ては、「地図作りは、タイの発展に寄与する」という自らの仕事への誇りを胸に一心で走り続けるのだ。

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走行調査の指揮を取るナッタポン氏

初年度の2015年に、タイ全土の主要道路(高速道路および国道など)を走破。

2016年には、バンコク都内の全ての道路を走破した。

走行調査に終わりはない。最新の情報を届けるため、今日もタイ各地を走っているのである。

緻密な地図制作の工程

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走行調査で集められた写真は、IPAにて地図と照合する作業に使われる。膨大な数の写真を処理しながら標識や看板、商業施設などに関する情報を地図データに落とし込んでいく。

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ソイの名称も撮影した写真を元に入力する

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この作業を全ての道路で行うというのだから、その苦労は想像に難くない。高い集中力が必要とされる作業である。

さらに衛星写真から家形(家や建物の形状)を地図上に一軒一軒落としこんでいく。

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衛星写真

increment p家や建物が一軒一軒正確に表示されている

ご覧のとおり、衛星写真と地図がぴったりと重なるほど正確に家形が表示されている。ひとつひとつ丁寧にデータ化するのは非常に根気のいる作業だ。

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カーナビ用イラスト制作

カーナビ用のイラストもここで制作される。この看板のイラストも走行調査で撮影した写真を元に制作されている。

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カーナビ用の音声チェック(タイ語・英語)

生来の地図好きが制作現場を仕切る

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八木氏(Digital Map Development Manager)

デジタル地図の制作現場牽引役は、昨年5月に赴任した八木英訓氏だ。
幼少期から地図を眺めているのが好きで、将来は地図を作る仕事に就きたいと思っていたという。学生時代にはバイクに乗り、ルートマップを片手に日本全国を周った。2006年にインクリメントPに入社し、それ以来一貫して現場で地図制作に携わってきた。念願の天職に就いたのだ。

八木氏は自ら現場で制作に関わってきた経験から、地図制作において、「どこに気をつけなければならないか」、「どういった作業が大変か」、ということを身にしみて理解している。その経験がIPAのASEAN地図制作においても遺憾なく発揮されている。現場のオペレーターの苦労を理解し、制作が円滑に進むよう事前に対策を講じているのだ。

それでも制作がスケジュール通りに進まないこともある。特に走行調査には苦労したという。日本とは異なるタイならではの苦労話を伺った。

タイならではの苦労話

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ツールを使いこなす八木氏

タイでは走行計画の段階から苦労が多かったという。走行調査は一筆書きのように走るのが最も効率が良く理想的だが、都心部、特にバンコクではそうはいかない。一方通行や行き止まりが多く理想的な計画を立てることが難しい。さらには渋滞も多発し、当初計画した通りに進まないことも多い。計画通りに調査を進めることが極めて困難なのだ。

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バンコク都心部の看板は英語・タイ語併記

また、標識や看板の表記ルールにバラつきが多いことにも苦労したという。

例えば、スクンビットエリアはワッタナー区に属しているが、看板で見かけるワッタナーの英語表記は、「Vaddhana」と「Wattana」の二通りがある。どちらを採用するのか、こういったルール作りから取り組まなければならないのだ。

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10カ国の地図を制作

IPAでは、タイだけでなく他のすべてのASEAN諸国の地図制作も行っている。ASEAN10カ国で統一した基準を作るのが理想だが、各国標識の表記方法や交通ルールが異なるため、国ごとにルール作りを行いローカライズしていなかなければならない。

だがこういった細かなローカライズが、グローバルベンダーと呼ばれる世界大手が作成する世界標準の地図では実現できないインクリメントP独自の強みになっているのだ。

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検索データ担当の斎藤リーダー

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技術・走行調査担当の増田マネジャー

さて、これほどの手間をかけて作り込んでいるインクリメントPのデジタル地図。

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この一軒一軒には全て住所のデータも登録されている。タイをはじめASEANでは、Google Mapで住所検索をしても正確な場所がヒットしないケースが多いが、インクリメントPの地図ではピンポイントな住所検索ができることを目指して日々整備している。日本のデジタル地図と同様の使い勝手を実現しようとしているのだ。

緻密で地道な作業を積み重ねた高精度なデータが、インクリメントPの詳細地図が持つ最大の価値なのである。

高まるASEAN詳細地図のニーズ

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現在、タイ国内に関しては、ラヨーンやシラチャなどバンコク近郊の主要都市の全道路走行調査および詳細地図の制作を進めている。今年度内には完了する見込みだ。

2015年末にAEC(ASEAN経済共同体)が発足し、ASEAN域内での人とモノの動きが益々活発化していく中で、日系物流会社を中心に高品質の地図データを求める声が高まってきているという。今年2月には、ヤマト運輸がタイでも宅急便サービスを開始している。

物流会社向けにはトラックの運行管理に詳細地図を活用できる。例えば精密機器を運ぶ場合、「どのルートが最も整備され、確実に走行できるか?」、インクリメントPの地図をシステムに組み込めばこのようなルート探索、運行計画が可能になる。

また、日本などタイ国外からタイへの進出を目指す小売・サービス業の企業に対しては、「どの道路に、どの程度の人や車の流れがあり、どれくらい集客が見込めるか?」といった商圏分析用の地図データとしても活用可能である。

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IPAチーム

「いかにローカルの人々に地図を使ってもらえるか」、それが今後の課題だと西沢社長は言う。

バンコクやジャカルタでは渋滞が社会問題化しているが、質の高いナビゲーションは渋滞の緩和にも役立つ。ローカルの人々に地図を活用してもらうことが地域社会への貢献に繋がる。

ラオス、ミャンマー、カンボジアでも今年から地図整備に着手した。

地図作りに終わりはない。タイから始まったASEAN10カ国の詳細地図作成というインクリメントPの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

インクリメントP株式会社

  • 設立:1994年5月1日
  • 資本金:4億3,450万円(パイオニア株式会社 全額出資)
  • 本社所在地:東京都文京区本駒込2-28-8 文京グリーンコートセンターオフィス
  • 電話番号:03-6629-4812
  • E-mail:helloasean@incrementp.co.jp
  • HP:http://www.incrementp.co.jp/

インクリメントPアジア

  • 所在地:22nd Floor Bhiraj Tower at EmQuartier
  • 689 Sukhumvit Road, North Klongton, Vadhana, Bangkok 10110,Thailand
  • 設立年月日:2015年1月
  • 資本金:1,480万バーツ(インクリメントP株式会社74%、MappointAsia (Thailand) Public Company Limited 26%)
  • 代表者:西沢 利光