去る8月31日、在タイ日本国大使館主催によるタイのスタートアップ企業と日タイの大手企業をつなぐことを目的としたピッチイベント「Embassy Pitch(エンバシーピッチ)」が開催された。

「ピッチイベント? 何それ?」と言う方も少なくないと思うので念のため説明しておこう。

ピッチとは、主に起業家が投資家や事業会社等に対して、自社の事業やサービス・プロダクトについて説明をすることである。いわゆるプレゼンに近いものであるが、プレゼンが自社のサービス・製品がクライアントの課題解決にどう役立つかを提案するものに対して、ピッチは単に投資家や事業会社に対するサービス・製品の提案ではなく、その事業やサービス・製品を立ち上げることで世の中をどう変えていくのか? ということを起業家の想いと共に伝えるものである。

誤解を恐れずに言うと、“マネーの虎”のようなイベントなのである。

つまり、Embassy Pitchというのは、在タイ日本国大使館主催の“マネーの虎”というわけだ。

在タイ日本国大使館はもちろん、世界中の在外日本公館において史上初となったこのピッチイベント。

なぜ、大使館がこのような前代未聞のピッチイベントを開催することになったのか?

今回、Embassy Pitchの発起人である在タイ日本国大使館の福岡功慶氏とスタートアップ側の越陽二郎氏(TalenEx社CEO)に、Embassy Pitchが開催に至るまでのストーリーを伺った。

2人の出会いから話は始まる。

この記事の目次


2015年3月 東京大学バンコク同窓会

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在タイ日本国大使館二等書記官 福岡功慶氏

福岡氏は、2014年6月に経産省からの出向で、在タイ日本国大使館二等書記官としてバンコクに赴任した。経産官僚でありながら、自身でNPO団体を立ち上げるなど、起業家マインドを持つ福岡氏。日タイの産業政策においては、スタートアップを巻き込んだイノベーションシステムの構築が急務だと考えており、赴任当初からタイのスタートアップとの連携を模索していたという。

そんな中、2015年3月にバンコクで開催された東京大学の同窓会に参加した福岡氏は、ここでタイのスタートアップ業界で活躍する越氏と出会う。

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TalentEx社CEO 越陽二郎氏

学生時代にタイでボランティア活動を経験し、駐在員としてバンコクに赴任、そしてスタートアップ起業という人生を切り開いて来た越氏。この2人が意気投合するまでに時間は掛からなかった。

2015年5月 タイのスタートアップ企業30社へインタビュー

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越氏との出会いにより、タイのスタートアップコミュニティへの足がかりを掴んだ福岡氏は、水を得た魚のごとく、すぐに行動を起こした。

「現場が何を求めているのか?」

「本当に意味のあるスタートアップ支援とは何か?」

これらを把握するために越氏の協力の下、タイのスタートアップ企業約30社へのインタビューを行った。

このインタビューにより、勃興しつつあるタイのスタートアップコミュニティに手応えを感じた福岡氏。だが、同時に課題も浮かび上がってきたという。その課題とは以下の2つ。

  • ①財閥・大企業との連携
  • ②官との連携

タイのスタートアップコミュニティの課題 ①財閥・大企業との連携

新興国においては、財閥・大企業と結びつきを持つことが成功する大きな要因のひとつである。

スタートアップであれば、技術やマーケティングのノウハウはあって当然。それだけはなく、「Know Who=誰を知っているか」が重要な世界なのである。

タイのスタートアップコミュニティの課題 ②官との連携

スタートアップによるイノベーションは、現行規制との関係が曖昧なことが多い。

例えば、全く新しい健康食品をタイで流通させたいというスタートアップ企業の場合、FDA(食品医薬品局)との関係づくりが必須となる。何のコネもないスタートアップ企業が、正面から監督官庁へお伺いを立てたところで、のらりくらりと躱され、進展もなくただ時間だけが過ぎて行くだけである。許認可絡みの事業を円滑に進めるには、事前に政府・監督官庁とのチャネルづくりをし、政府ベースでのお墨付きを得ておく必要があるのだ。

2016年5月 Embassy Pitchのアイデアが生まれる

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課題は分かった。あとはそれをどう解決するかである。

財閥・大企業、そして官との連携。大使館と経産省が動くことができればタイのスタートアップコミュニティは大きく成長するはず。福岡氏は、この2つの課題解決のために尽力することが、スタートアップとの連携を模索してきた自らの使命だと考えた。

「大使館主催で、タイの政財界に対する資金調達や事業パートナーの発掘を目的としたピッチイベントが出来ないだろうか?」

こうしてEmbassy Pitchのアイデアが生まれたのである。

アイデアを形にするため、福岡氏と越氏はEmbassy Pitchの企画を練り上げた。

2016年6月下旬 佐渡島大使と起業家の会食

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左から福岡氏、岡本氏、長谷川氏、佐渡島大使、若井氏、越氏

Embassy Pitchの企画からわずか1ヶ月。大使公邸にて佐渡島大使と福岡氏、そして4人の日本人スタートアップ起業家(Omise長谷川CEO、BuzzCommerce若井CEO、Withfluence岡本CEO、TalentEx越CEO)が集まり、会食が開かれた。この4人の起業家は、Embassy Pitchで登壇するだけなく、事務局として運営に携わることになる。

佐渡島大使は、日タイ両国の経済成長にはスタートアップによるイノベーションが不可欠という考えを持ち、Embassy Pitchについても二つ返事で承認したという。

2016年7月 ピチェート科学技術大臣の出席が決定

Embassy Pitchの開催に向け、ここから動きはさらに加速する。

佐渡島大使との会食から2週間後には、ピチェート科学技術大臣のEmbassy Pitchへの出席を取り付けた。ピチェート大臣は、タイのイノベーション政策を推進し、スタートアップによる新たなエコシステムの構築に尽力するタイのスタートアップコミュニティにおいて官側の最大のキーマンといえる存在である。

Embassy Pitchも、当初はタイの日本人スタートアップ企業とタイの大手企業だけの参加を考えていたが、“日タイ両国における新産業の創出”という目的を明確化させるため、タイ人のスタートアップ企業と在タイ日系大手企業にも出席を要請することになった。

佐渡島大使の尽力により、タイ大手財閥企業の創業家メンバーの出席も決まった。

2016年8月上旬 日ASEANイノベーションネットワークが提唱される

Embassy Pitchの開催まで1ヶ月を切った8月上旬、世耕経済産業大臣がラオスで開催される日アセアン経済大臣会合へ出席。この会合で世耕大臣は、第四次産業革命のアジア展開を日本企業とASEAN企業との連携によって進めるための新しい枠組みである「日ASEANイノベーションネットワーク」を提唱。ASEAN各国から、大きな期待と歓迎が寄せられた。

日アセアン経済大臣会合の詳細は経産省HPを参照いただきたい。

この日ASEANイノベーションネットワークを推進していくためには、今後日本とASEAN各国で具体的な施策を打ち出していく必要がある。その先駆けとなるのが、このEmbassy Pitchなのである。

お膳立ては整った。いよいよ開催当日を迎える。

2016年8月31日 Embassy Pitch当日

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企画・構想からわずか3ヶ月、ついにEmbassy Pitch当日を迎えた。

ピッチに登壇するスタートアップは、日タイ併せて以下の8社。

日系スタートアップ

  • オンライン決済サービス Omise
  • 多言語型美容コンテンツプラットフォーム Buzzcommerce
  • アジア向けインフルエンサープラットフォーム Withfluence
  • クラウド人事管理 HappyHR(TalentEx)

タイのスタートアップ

  • 自動車モニタリングプロダクト Drivebot
  • 自動車保険対応アプリ Claim Di (Anywhere 2 Go)
  • IoT向けセキュリティプロダクト Wimol Encrypter(TNI
  • 株式情報アプリ Stock Radars(Siamsquared Technologies)

参加企業は以下のとおり。

日系大手企業

トヨタ、ホンダ、日産、三菱、三井物産、伊藤忠、野村総研、NTTなどのタイ現地法人。

タイ財閥・大手企業

SCG(サイアムセメント)、タイビバレッジ(TCC)、サハグループ、ブンロート・ブリュワリー(シンハ)、AIS、TRUEなど。財閥系を中心に名だたる大企業が参加した。

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佐渡島大使

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ピッチ中の越氏

それぞれ熱のこもったピッチが展開され、タイのスタートアップの勢いが十分に感じられるものであった。ピッチ直後から参加企業とのアライアンスや販売等についての話が進んでいるスタートアップも出てきている。

当日の様子はすでに様々なメディアでレポートが上がっているので、詳細は以下の記事をご覧いただきたい。

日タイVB8社、大手企業と交流 現地の日本大使館主催 | 日本経済新聞

在タイ日本大使館がタイのスタートアップと大手企業を繋ぐ「Embassy Pitch」を開催 | B Search

日本大使館、スタートアップ企業と大手企業を繋ぐ「Embassy Pitch」を開催 | Arayz

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ピチェート科学技術大臣

Embassy Pitchに出席したピチェート大臣は、イベント後にソーシャルメディア上でこう感想を述べた。

“私と佐渡島大使は「イノベーション」こそがタイの経済成長を導くことができるという考えで一致している。スタートアップと大手企業を繋ぐことで、タイは 経済成長を続けていくことができるだろう。”

世耕経産大臣ら立会いのもと、日タイ・スタートアップの官民連携促進団体JTISが発足 | THE BRIDGE

2016年9月 日タイ・イノベーションサポートネットワークが発足

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Embassy Pitchの興奮冷めやらぬ9月9日、世耕大臣がタイを訪問し、プラユット首相及びピチェート大臣との会談が行われた。同日、新産業の創出を担う日タイのスタートアップと政府、大企業との連携を促進するため、官民連携促進団体「日タイ・イノベーションサポートネットワーク(以下、JTIS)」が発足。世耕大臣、ピチェート大臣、佐渡島大使立ち会いの下、タイ最大のスタートアップ協会であるTTSA(Thailand Tech Startup Association)とのMOU署名式が催され、協力関係が締結された。

JTISの概要は以下のとおり。

JTIS(日タイ・イノベーションサポートネットワーク)

理事長:長谷川潤(Omise

理事:若井伸介(BuzzCommerce)、岡本博之(Withfluence)

事務局:事務局長 越陽二郎(TalentEx)、神谷和輝(HubAsia

【加盟スタートアップ】

日系:Omise, BuzzCommerce, Withfluence, TalnetEx, HubAsia他

タイ:Drivebot, Anywhere 2 Go, Siamsquared Technologies他

【サポート企業・団体】

タイ:SCG、タイビバレッジ、サハグループ、AIS、TRUE、シンハグループ、アマタグループ、CP他

日本:トヨタ、ホンダ、日産、三菱電機、シャープ、dmLab、パナソニック、NTTコム、富士フィルム、三井物産、伊藤忠、丸紅、住友商事、野村総研、アビームコンサルティング他

Embassy Pitchは、アジアを目指すスタートアップの登竜門へ

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福岡氏は、大使館としてJTIS加盟企業を支援していくとともに、Embassy Pitchをベトナムやフィリピン等のASEAN各国へと展開し、日ASEANイノベーションネットワークの構想を具体化していくことをミッションに掲げている。先陣を切るタイにおいては、Embassy Pitchを定期開催し、良質なスタートアップを発掘・支援していくことで、タイがASEANにおけるスタートアップのハブとなるよう、タイ政府に向けて政策提言を練り上げていくという。

日本からアジアへ、そしてアジアから日本へ。今後、このEmbassy Pitchはアジアを目指すスタートアップの登竜門のような存在になっていくだろう。JTISの中から、アジアのスタンダードを取るようなスタートアップが生まれる日もそう遠くないかもしれない。

JTISへの問い合わせは、以下事務局まで。

【JTIS事務局】

事務局長:越陽二郎 CEO, TalnetEx (Thailand) Co., Ltd. 

Email:info@happyhr.asia

事務局次長:神谷和輝 CEO, HubAsia Co., Ltd.

Email:info@hubasia.co.th