駐在リーダーという制度の宿命であるが、数年ごとに企業のトップであるマネージングディレクター(以下、MD)が入れ替わる。そのたびに社員が大量退職するなど、会社に大きな影響を及ぼす。
中小規模の企業では、往々にして起こることではないだろうか。
駐在員として海外支社のマネジメント職に就くものにとって共通の課題といえるが、どう対処していくべきか。
ガラスびんを中心とした、パッケージ商社であるYamamura International Thailand社も同じ課題を抱えていた。
同社については、以前下記の記事で紹介しているので、目を通していただけたら嬉しい。
同社MDである畑中氏は、2016年に着任。
現在4年目を迎えており、一般的な日系企業であれば、いつ帰任命令が出てもおかしくない状況だ。
「MDが変わっても、影響を受けない強い組織を作り上げたい」
そんな思いで組織作りに邁進する畑中氏の取り組みを紹介したい。同じ悩みを抱える駐在リーダーのヒントになれば幸いだ。
数年ごとにトップが入れ替わる海外法人
畑中氏
畑中:弊社もそうですが、日本法人の海外支社は“駐在”という制度上、数年ごとに会社のトップであるMDが入れ替わります。
幸いなことに今、弊社は良い状態なのですが、次のMDが赴任したときにどうなるか分からない。トップが変わり、従業員が大量退職したという話は、タイではよく耳にする話です。
なので、誰が来ても上手くいく組織づくりが急務であり、それこそが私がやらなければならないことだと思いました。
ーー畑中さんは、タイで人材・組織コンサルティング事業を行うAsian Identity社代表の中村氏に相談することに。
組織作りはポジティブ思考が大事。
中村氏
中村:初めてお会いした際に、畑中さんはあまりいないタイプのリーダーだと感じました。普通、企業規模が小さいうちは、営業や経理のプロセスを整えることを優先する場合が多く、人や組織というのはもう少しあとなんです。
これから継続的に成長するためには、このタイミングでいろんなものを固めておかなければならない、と判断されたのは素晴らしいと思います。
実は組織が大きくなってからでは取り返しがつかない状態になっていることも多いんです。まだ規模が小さいうちに、コントロールしやすいうちに固めておくのはとても大事なことなんです。
https://www.asian-identity.com/
中村:もうひとつ素晴らしいと感じたのは、畑中さんと最初に面談をしたとき、「今いい状態なんです」と、社員や組織に対してポジティブな言葉が9割だったことです。普通は逆なんですよね。
「社員が全然言うことを聞かない」とか「すぐ辞めてしまう」とか、問題のほうが先にあることがほとんどです。なにか問題があってご相談いただくことが多いので当然といえば当然なのですが。
でも他の企業もYamamura Internationalさんも、実態としてはそれほど変わらないと思っています。
同じ物事でも見方次第。これは組織作りでも同じです。
「あれもこれもまだできていない」、と考えるより、「いい感じになってきた!」とポジティブに物事を捉えられるほうが上手くいくんです。
畑中さんはポジティブ思考。きっといいリーダーシップを発揮されているんだろうと思いました。
企業のVALUEを言葉にして、浸透させる
ーー面談を終えて、中村さんから畑中さんへのご提案はどのようなものだったのでしょうか?
中村:通常、我々は2つの領域でコンサルティングを行っています。
ひとつは、人材開発。人のトレーニングです。
もうひとつが、組織開発。チームを強くするということですね。
今回は、「企業のVALUE」=「見えない価値観」を言葉にして浸透させることによって、理念・価値観を明確化し、チームを強くしようというプロジェクトで、組織開発の領域でのご提案になりました。
人材開発と組織開発、もちろんどちらも大事です。
サッカーで言えば、人材開発は一人ひとりの能力を上げること。でもいい選手ばかりがいればチームとして強いかというと、そうではありませんよね。
例えば、パスがつながるかどうか、戦術が共有されているかどうか。いくら名選手を連れてきても、組織作りができていなければ試合には勝てません。
これが人材開発と組織開発が両方大事な理由です。
組織開発で大事な2つのこと
1. 旗印を明確に。
中村:組織開発で大事なことは2つ挙げられます。
- 1. 理念、価値観=旗印が明確になっていること。
- 2. お互いにコミュニケーションが取れていること。
旗印とはどういうことかと言うと、サッカーで言えば、うちのチームの戦術はこうだ!と、プレースタイルが明確であることです。チームとして勝ち方の戦術が決まっている方がいいわけですよね。
トヨタなら“徹底的に改善していく”、というのがコアです。
グーグルなら“イノベーティブなことをする”、というのがコアでしょう。
「うちはこれで勝つ」という旗印が決まってたほうが、そういう人が集まりますし、集めやすいんです。そして、そのあとのマネージメントもしやすい。
グーグルには改善の人は来ないですよね。イノベーティブな人が来るはずです。旗印は採用や評価の基準のベースになるものなので、非常に重要なものなんです。
でも多くの場合、海外拠点は価値観が浸透していません。
なぜかというと、言葉が違うし、日本人同士ならいろいろな会話をしている中で伝わりますが、海外の現地社員とはそう簡単ではない。
海外拠点は改めて、「我々はこういう会社だよ」という旗印を明確にしていかなければならない。そのためには伝える場を作らなければなりません。
今回まずは、Yamamura International Thailandの価値観を明確にしていきましょう、というのが前述の「1. 理念、価値観=旗印が明確になっていること」に当てはまります。
2. コミュニケーション
中村:2つめのコミュニケーション。これはワークショップを使ってお互いに会話をしていきます。
コミュニケーションと言ってもその方法はいろいろありますよね。
- 真面目な場で真面目な話をする→会議
- カジュアルな場でカジュアルな話→飲み会やパーティ
- カジュアルな雰囲気でちょっと真面目な話をする→対話
実は大事だと言われているのが、3つめの「対話」です。
お互いの理解を深めるには「対話」を。
中村:例えば、「なんでこの会社に入ったんですか?」とか、「今、仕事をしてて一番楽しい瞬間はなんですか?」
というように、ちょっと大事だけど仕事とはダイレクトに結びついていない話。こういう話ってお互いのことを理解するのにとても大事なんですよね。
これができると、相手のことがもっと理解できるし、もっとに言うと好きになる。そこが共有されていることが、お互いの信頼関係を作っていくんです。
社員のコミュニケーションを深めましょうというと、じゃあ懇親会だ!となって「カジュアルな場でカジュアルな話(=飲み会やパーティ)」をやりがちですよね。
これも否定はしませんが、ちょっと馬鹿話をして終わってしまうことが多々あります。これはこれで大事ですが、お互いの知らないことを深く理解するためには「対話」がしたほうがいい。
ーー旗印を明確にして、それを使いながら対話をする。お互いの知らないことを深く理解することで絆が深まる。
これをやるのが組織開発、ということですね。
中村:はい、この一連のプロジェクトが今回の畑中さんへのご提案です。
LEGOを使ったワークショップ
中村:まずは畑中さんと旗印を明確にするために、リーダーセッションを行いました。畑中さんはすでにご自身の中で、確固とした旗印をお持ちでしたので、それを言葉にしていく作業をしたわけです。
言葉が通じる日本人同士でも、形のない価値観を議論するのは難しいものです。タイ人社員に明確にした旗印を伝えるために、LEGOを使ったワークショップを行いました。
LEGOワークショップ
中村:例えば、「信頼が大事だ」と言われても、人によって信頼の捉え方は異なります。信頼を言語化するのは難しいですが、様々な形や色があるLEGOのようなツールを使うことでイメージを表現しやすくなるんです。
LEGOを使うのは、目に見えない価値観についてみんなで議論しましょう、ということなんです。
畑中氏も自ら参加
畑中:私はフィリピンに4年駐在していたことがあるのですが、多くのフィリピン社員はこのようなワークショップをとても楽しみながら取り組んでいたんです。
その経験から、タイでも取り組んでみたらどうかと思い、お願いしました。楽しんでくれるだろうかと最初は不安でしたが、始まってみれば積極的に取り組んでくれたのが嬉しかったですね。あとは、想像以上に皆がクリエイティブで驚きました。
LEGOワークショップ
中村:LEGOは配られた瞬間に、何も言わなくても触り始める。これは凄いことなんですよね。勝手にアクションを取り始めてくれるのは、場を作って皆を巻き込むツールとして、良くできている。
中村:LEGOは絵を書いたりするのと違って、上手い下手がないのも使いやすいんです。会議では発言する人としない人で分かれてしまいますが、LEGOにはそれがない。上手い下手がないツールは発言の敷居を下げるんです。
テーマに沿ってLEGOを組み立てる
畑中:LEGOで何かを作ると、あとで必ず意味を聞かれるので、考えながら作るようになりますよね。私も参加していましたが、ワークショップが進むにつれて、社員が思考しながら取り組むように変化していくのを感じました。
言葉では表現が難しいこともLEGOなら可視化できる
ワークショップを終えて
MVP制度をスタート
ーーワークショップを終えて、どのような手応えがありましたか?
畑中:まず、純粋に楽しかったこと、みんなでワイワイ言いながらそれぞれの考えをじっくり聞く場は新鮮でした。VALUEの浸透についてはこれからですね。VALUEを意識する活動が今後定期的に行われることによって、それが浸透していく。まさにこれからの継続が大事なフェーズだと思っています。
中村:ワークショップの開催後は、月に一度の訪問(定例MTGへの参加)を3ヶ月続けます。変化の入り口を作るサポートです。
月末に振り返りのMTGをすることを推奨しているのですが、その理由のひとつがMVP制度。VALUEに沿って行動をしていた人を投票し、一番得票が多かった人を表彰する制度です。
これを継続することで、VALUEに沿って行動することが当たり前になり、お互いの仕事に注目する文化が作られていきます。
それが強い組織の条件である、“お互いを理解する”ということにつながっていくんです。
畑中:社員は自社のVALUEについて、なんとなく分かっていたと思いますが、言語化したことでより理解が深まり、行動につながっていることを実感しています。
例えばValueの一つに“自ら計画し、行動する”というのがありますが、海外出張などはこれまでは全部私が決めて指示していましたし、同行していました。最近では社員が自ら計画するようになりました。社員が計画し、社員だけで行く海外出張はこれが初めてになります。
中村:今の話は、この組織開発の効能をよく表していると思います。社員は指示をすれば動くが、指示がなければ動きづらい。VALUEとはガイドラインのようなものです。
ガイドラインに沿っていれば、どんどん自発的に行動していいと社員が理解することが大事。具体的に指示はしていないが、こういう方向で仕事してね、と示すことで、自発的に行動するようになるのです。
経営者は社員に自発的に行動してほしいもの。
自発的に人に動いてもらうためにはどうしたらいいのかというと、方向性を出すわけです。そうするとその中で行動してくれるようになるのです。
サントリーには有名な「やってみなはれ」がありますよね。あの言葉があるおかげで社員は動きやすい。上司もそれを前提でマネジメントできる。
そういうガイドラインがあるのはすごく大事ですよね。
作った文化を受け継いでいく
中村:最初の話に戻りますが、駐在リーダーはいつか入れ替わる。いくら畑中さんがいい文化を作ってもリーダーが変われば、社風も変わってしまうのが世の常。
それをこうやって言葉にして、活動として残しておくと、文化は受け継がれていくわけです。
サッカー・イタリア代表も選手は変わっても“堅守”なプレースタイルは変わらないですよね。それを受け継ぐ活動があるのだろうと思います。
畑中:MDの引き継ぎ時にも、こういう考え方でやってきたから、そのコアな部分は大事にしながら自分なりの良さを加えてほしいとお願いする事ができます。
これは新たに赴任するMDにとっても明確化されているものがあると役に立つと思います。
VALUEを中心にスタッフが自由に動いて、
中村:タイでは日本企業の地位低下が叫ばれていますが、私は日本企業の底力はまだまだあると思っています。強い文化を組織に根付かせること、それを実現させたいリーダーの皆さんをサポートすること。
ここにこだわって弊社は仕事をしていきたいと思っています。
お問い合わせ先
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- E-mail:hatanaka_h2@yamamura.co.jp
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